LP (Solar BXL1-3720)
Producer: Lakeside
80年代初期のファンク・バンド、もっと正確にいえば、セルフ・コンテインド・バンド(スタジオでもライブでも歌から楽器まですべて自分たちで賄えるバンド)の勢いをこれほど如実に物語る1枚はないだろう。
80年代の幕明けにふさわしいその年暮のA(1)のナンバー・ワン・ヒット。
重いベース、ドラムスの響きとマーク・ウッドの強力ヴォイス、そしてラップまでが見事に調和した80年代初期の代表的ナンバーの1曲だ。
その後、打ち込み全盛に伴い、バンド縮小化が当り前となる中で、セルフ・コンテインド・バンドとしてのアイデンティティを徐々に失っていった彼ら。
その全盛がその前後1,2年であったのも仕方がないのかもしれない。
アルバム全体に目を移してみると、A(1)のみならず充実した曲が多く、改めてその頃の勢いにほれぼれしてしまう。
先に次ぐヒットとなったA(2)も負けず劣らずの激震ファンク・ナンバーだ。
それからレイクサイドでよく語られてきたのがバラードで、、よくその例に出されたのがA(3)だった。
あまりこうした面を過大評価してはいけないと自己を戒めてはいるのだが、聞くたびにそんな考えはふっ飛んでしまう。
それだけすばらしい曲なのだからしょうがない。
バラードは後2曲B(1)と(3)にあり、前者はスウィート調、後者はファルセットのムードをマークがぶちこわすかのような曲と色分けしてある。
最初から最後まで、まさに息をつかせぬ名盤である。
▶Some More from this Artist
レイクサイドにはソラーのグループ、ウエスト・コーストをベースとするバンドという印象が強いが、よく知られたように出身地はオハイオ。
一度はウエスト・コーストの陽性のサウンドに染まった彼らだったが、もしそれだけだったら後の彼らは存在しなかっただろう。
その染まった時代に吹込まれたのが①”Lakeside”(ABC 999)という77年のデビュー作。
フランク・ウィルスンに見出されて作られたものだが、EW&Fに影響されたそのスタイルにまだ独自性はなかった。
がそれが売れなかったことが幸いしたか、彼らは誕生してまもないソラーに迎えられることになる。
以下、10数年の時を過ごすわけだが、それをまとめてみよう。
- “Shot Of Love”
- “Rough Riders”
- “Keep On Moving Straight Ahead”
- “Your Wish Is My Command”
- “Untouchables”
- “Outrageous”
- “Power”
- “Party Patrol”
78年の②はまだレオン・シルヴァーズ色が強く、本来のレイクサイド・サウンドは確立されていない。
しかし、「イッツ・オール・ザ・ウェイ・ライヴ」のデビュー・ヒットが生まれた。
この時の作品は80年の春に開かれた『ソーラー・ギャラクシー・オブ・スターズ・ライヴ』(CSCS-5290)で再演されたが、この時はウィスパーズの方がずっと勢いがある。
だが、79年に出された③でそのスタイルは既に確立されつつあった。
タイトル曲や「プル・マイ・ストリングス」などファンク、「オール・イン・マイ・マインド」のバラードとどれも良く、中には先のアルバム以上にこれを評価する人がいるのもぼくはよくわかる。
サウンドもすごいが、歌もすごいと評判になったのがこの頃からで、ぼくもこのアルバムから彼らに注目し始めたことを思い出す。
だが、シングル/アルバム共にセールス的には今ひとつだった。
先の「ファンタスティック・ヴォヤージ」で人気グループにのし上がった彼らは、続いて④を発表するが、その時配給元がRCAからエレクトラに移るという事態が発生し、⑤がほぼ同時期(81年)に発売されるというややこしいことになった。
出来はその前作の勢いを引き継ぎ甲乙つけ難いと思うが、ヒットの方は⑤に奪われた。
何とこれから生まれたヒット曲がビートルズの「抱きしめたい」をバラードにアレンジしたもの。
全体的にスローがいいが、④には「ウィ・ウォント・ユー」という決定的ファンク・ナンバーがある。
その後2年ほど間隔があき、83年に出されたのが⑥。
ここでは「レイド」が決定的。
ファンク・バンドとしての復活を印象づけた曲だったが、スローに際立ったものがないなど気がかりな点はあった。
それでも84年には⑦を発表。
そのタイトル曲も相変わらず快調だった。
バラードにも「ベイビー・アイム・ロンリー」のような思わずうなってしまうような曲がある。
だが、ここから彼らはしばらく沈黙してしまうことになる。
打ち込み全盛、彼らを後退させた一因がここにあることははっきりしている。
86年には一度アルバムが予定されたにもかかわらず結局発売中止となり、それとほとんど入れ替えて出されたのが、⑧だった。
87年の春のことだ。
マーク、スティーヴ・ショックリー、フレッド・アレクサンダーらは健在だったが、オーティス・ストークスは既に抜け、バリングトン・スコットが替りに加入した。
ファンクも悪くはないが、やはりバラードの「ブルザイ」か。
90年の⑨は、スウィング・ビートを取り入れるのはいいとして、声までマネしているのは情けなかった。
マークの出番が少なすぎるね。
転載:U.S. Black Disk Guide©鈴木啓志
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